YouTubeの動画を 1.5倍速で見る。
必要な部分だけを切り抜いて視聴する。
今の高校生にとって、これは特別なことではありません。
そんな私はブログ担当の
きららです。以前、システムエンジニアとして働いていました。
現在は本校で情報科の教員をしています。
そんな立場から生徒たちを見ていると、「倍速視聴」は単なる流行ではなく、
“今の時代の情報処理の形”
なのだと感じます。
「倍速=悪」ではない時代
少し前までは、
・落ち着きがない
・集中力が低下する
・じっくり考えなくなる
そんなイメージで語られることも多かった倍速視聴。
しかし、SE時代を振り返ると、実は社会人も同じことをしていました。
・会議の録画を早送りで確認する。
・マニュアル動画を必要な箇所だけ見る。
・長い説明から“必要な情報”を探す。
つまり、「大量の情報を短時間で処理する」という行動そのものは、むしろ現代社会では当たり前になっています。
高校生だけが特別なのではなく、社会全体が“情報過多”の時代に入っているのだと思います。
生徒たちは「集中していない」のではなく、「選別している」
情報の授業で検索技術やAI活用を扱う中で、これは“情報を取捨選択する感覚”なのだと気づきました。
今の生徒たちは、
・必要な情報を探す
・不要な部分を飛ばす
・要点を短時間で理解する
ことにとても慣れています。
これは、ある意味では現代型のスキルです。
一方で、「倍速では得られないもの」も教員として感じることもあります。
例えば、
・雑談の中で生まれる気づき
・遠回りの説明から理解できる感覚
・“間”や空気感
・相手の感情の変化
こうしたものは、効率だけでは得にくい部分です。
プログラムでも、仕様書だけでは分からない“現場感”がありました。
教育も少し似ています。
効率よく情報を得る力は大切。
でも、「ゆっくり考える時間」も同じくらい重要。
最近はそう感じています。
情報社会だからこそ、「速度を選べる力」が必要
昔は「速いこと」が正義でした。
ですが今は、
・速く見る
・深く見る
・立ち止まって考える
この切り替えができることが大切なのかもしれません。
倍速視聴そのものが悪いわけではない。
むしろ、現代社会に適応した自然な行動です。
ただ、「全部を倍速で済ませる」のではなく、
ここはゆっくり考えよう
と思える感覚を持つこと。
それが、これからの情報社会では重要になっていくのではないでしょうか。
