~柏木学園高校生徒たちの一日~


5月20日 情報の教員になって気づいた、倍速視聴との付き合い方

YouTubeの動画を 1.5倍速で見る。


必要な部分だけを切り抜いて視聴する。

今の高校生にとって、これは特別なことではありません。

 

そんな私はブログ担当の
きららです。以前、システムエンジニアとして働いていました。
現在は本校で情報科の教員をしています。

そんな立場から生徒たちを見ていると、「倍速視聴」は単なる流行ではなく、

“今の時代の情報処理の形”

なのだと感じます。

「倍速=悪」ではない時代

少し前までは、

・落ち着きがない
・集中力が低下する
・じっくり考えなくなる

そんなイメージで語られることも多かった倍速視聴。

 

しかし、SE時代を振り返ると、実は社会人も同じことをしていました。

・会議の録画を早送りで確認する。
・マニュアル動画を必要な箇所だけ見る。
・長い説明から“必要な情報”を探す。

 

つまり、「大量の情報を短時間で処理する」という行動そのものは、むしろ現代社会では当たり前になっています。

高校生だけが特別なのではなく、社会全体が“情報過多”の時代に入っているのだと思います。

 

生徒たちは「集中していない」のではなく、「選別している」

情報の授業で検索技術やAI活用を扱う中で、これは“情報を取捨選択する感覚”なのだと気づきました。

 

今の生徒たちは、

・必要な情報を探す
・不要な部分を飛ばす
・要点を短時間で理解する

ことにとても慣れています。

 

これは、ある意味では現代型のスキルです。

一方で、「倍速では得られないもの」も教員として感じることもあります。

例えば、

・雑談の中で生まれる気づき
・遠回りの説明から理解できる感覚
・“間”や空気感
・相手の感情の変化

こうしたものは、効率だけでは得にくい部分です。

 

プログラムでも、仕様書だけでは分からない“現場感”がありました。

教育も少し似ています。

効率よく情報を得る力は大切。
でも、「ゆっくり考える時間」も同じくらい重要。

最近はそう感じています。

情報社会だからこそ、「速度を選べる力」が必要

昔は「速いこと」が正義でした。

ですが今は、

・速く見る
・深く見る
・立ち止まって考える

この切り替えができることが大切なのかもしれません。

倍速視聴そのものが悪いわけではない。
むしろ、現代社会に適応した自然な行動です。

ただ、「全部を倍速で済ませる」のではなく、

ここはゆっくり考えよう

と思える感覚を持つこと。

それが、これからの情報社会では重要になっていくのではないでしょうか。

SEから教員になった今、そんなことを日々感じています。